2010年12月31日金曜日

行く年

今から船のお祭りをする。今年一年の感謝と来年の安全、豊漁を祈願してお神酒、平(煮しめ)、ごはん、刺身をお供えして後船主が少し戴いて残りをそのまま出初までおいて置く。竹、松、譲葉をセットしてお飾りするのが普通だったけれど我が家は最近それを省く。葉っぱが散るのがめんどうと言う事らしい。 女将は神さまも面倒で漁を省かれるのではないのかと心配するけれど船主は涼しい顔。
さて、来る年はどんな佳い歳になるのだろう。還暦で再度の出発なのだから何事も新規一新、あくせくせず身丈に合った生き方がしたい。描ける希望は大切にこつこつ達成に向け歩もう。
今年も周りのみんなに感謝!

2010年12月30日木曜日

介護10年選手

実母の介護、十年経る。親は年老いの見本を見せながら子供を育てているのかもしれない。つい、姉妹に愚痴ることもあるけれど冷静になるとこれは自分に必要なのだと納得する。出来るだけの事はしようと思う。後に悔いを残さぬように。遠方に居て気にしながらというのはもっと大変なはず。そこ、10分、20分で動ける距離に居て何の不満があろう。介護施設でお世話になっているとこちらの都合でのぞく程度の事、週二回の洗濯さえこなせば後は全てお任せで通る。こんなに有難い状況なのに勝手なもので今日は妹に当たってしまった。そう、誰の為でもない、母と私の問題なのだ。母にすることを摩り替えてはならない。当たるということは代わって欲しいとの裏返し。人に当たってはいけない、自問しなければいけないのだ。少々反省する。

2010年12月29日水曜日

仕事収め

27日は宮崎空港に個展の折衝に出向く。係りが変わって一年が過ぎた。空港の3Fのギャラリーでの個展を希望して3年以上になる。前任者の時もアウト。今度もなかなか事が運ばない。理由は前例がないということ。唯、これだけではねられる・・・・今の係りになってもう、三度足を運ぶけれど埒が明かない。きっかけが必要なのだろう。誰か、何か、彼の肩を押すものが必要なのだろう。それは一体何だろうか?課題を残して今年が収まる。が私個人としたら概して佳い事に恵まれた来し方であった。淡々として過ごそう、焦らず弛まず。感謝の一語に尽きる。成らないのは時期尚早という事。

2010年12月26日日曜日

恩師の喜寿




中学校のバスケットのクラブ活動の顧問の先生の喜寿のお祝い会が竹乃屋であって三十余名が集まる。45年も昔の懐かしい面々。皆楽しかった、まだ青春にはまだ届かない若い青い時代を思い出しながら話が弾んだ。コートがまだ屋外にあって時にはころがる石を拾いながら、先輩に見習って一生懸命グランドを走ったことをおもいだした。「あんたはへたじゃったがねー」今でもいわれる。 本人も自覚していて、だったら人一倍動かなくてはと頑張ったものだ。それでも皆には及ばなかったけれど・・・・あの頑張ることを学んだのは一生の宝だとおもう。楽しく頑張る事を教えてもらった。先生は相変わらず歳をとられない。いつまでも中学校時代の顔なのは全く不思議。よく我々のめんどうを見てくださった。卒業して訪ねていくとそれはそれは申し訳ないほどご馳走して下さる。教え子は沢山いるのにその誰にも分け隔てなくそうしてくださるらしいのだ。多分先生のサラリーは殆ど我々の為に消えたのではあるまいか。先生は今でも昔と変わらず接して下さる。今度は我々がお返しする番。喜寿のお祝いぐらいしか出来なかったけれど次のお祝いをしようよと言ってお開きになった。有難うございました。先生それまでお元気で!こういうことが出来た事に感謝です。

2010年12月24日金曜日

呼吸法のその後

個展の期間中も大方毎日朝夕トレーニングは欠かさない。お陰で精神的にはとてもフラットを維持。日常となんら変わらず淡々と流す事ができた。会期を終えて自宅に帰って来ても疲れは全く感じることもなく過ごせる。普通なら一仕事終える度にお決まりのように気が抜けた状態になるはずなのに今回はそれがない。こんなに平常で居られるのはやはり、呼吸法の成果だろう。このトレーニングは満三年目、明けると四年に入る。確実な歩みと見える。三ヶ月に一回など教室へは参加出来なくても、わずかな歩みでも、やる事を確実に自分の物にする為の努力をする必要がある。時には心細くなったりもするけれどその度に関連する本などに励まされて続ける。継続は大きな力になる。針ほどの進歩でも嬉しく自分を励ますことになる。今回のこの状態は今までのトレーニングは間違っていないことの証。これだけでも充分な力となる。有難いことだ。

2010年12月21日火曜日

墓標




今日のお稽古の教室に生徒のおじいちゃんが来られた。お米を抱えて。孫が畜魂碑の墓標を書いたことを言われる。既に中学生でもう教室には来ていないのだが、わたしのことを思い出してお礼に来られた由。口蹄疫でご自身の家畜を処分されてのこと、孫が書くことになっていろいろ思われたと話される。まだまだ終っていない・・・・はやく癒されることを願う。

2010年12月20日月曜日

荷物帰る

今日作品が帰る。午前中に到着。熊須さん作製のミニ額はやはり受けがよかった。お手ごろ価格だしミニはじゃまにならない。カレンダーも人気商品。作品のはがきも割合買ってもらえるが作成に手間取るので日頃から心して作っておくべきだ。なかなか押し迫らないと仕事をしないので・・・・・・今回は手ぬぐいの作品はなし。グッズも常に少しずつ溜めて置かなくちゃならない。反省点の一つだ。ワッカの作品とさいころはもうすこし踏み込んで実用性を追求すべしとアドバイスあり。確かに、これも言われてみれば納得。こうして多方面から指摘されるととても参考になる。次のステップになる。気が付かないことは沢山あるから。
さあ、これから三月の宮日の個展向け始動する。
頭の中でフランスがちらちらする。計画は漠然としたものだが既に何かが動き始めている。口にすると自分も周りもそれに焦点を合わせてくる。思念とは不思議なものだ。今日はそういう体験をする。幸あれ!

2010年12月18日土曜日

出会いに感謝


東京個展無事に終了。わずか四日の間に様々の出会いあり。四百人位の人に見て頂いたなか、感動的な出会いが沢山あった。飛び込んでお手伝いをして下さる方、何百枚もパンフレットを配ってくださった方、会場当番をしてくださった方、最後の日の詰めに来場いただいて搬出の作業をしてくださった方、いずれも最初から計画のなかにはなくとも当然なかったら困ったであろう時に必要な時に必要な応援が得られるというのは神の業のなにものでもない。あせらなくともよかったのだ。ドンと構えていたらよいということなのだ。こんなにうまく廻っていくことに心から感謝しよう。全てのことは何も心配なく廻る。廻らない時はその必要はないということなのだ。・・・・・・・今回はいろいろな事を学ぶ事ができた。次回は笙とのコラボに向けて努力しよう。きっと新しい展開があるだろう!   

2010年12月11日土曜日

メンタルヘルス

明日、個展の為の上京を前倒しで呼吸法の教室へ。西野先生は不在らしいがメンタルヘルスをしよう。気を充分に入れていざ出陣。準備万端だと気持も佳いではないか。実際、身体の中を気が流れると爽やかになる。これは理屈抜きに経験してみるとよくわかる。知識より体験を積み重ねること。「百聞は一見にしかず」・・・・・・・本当に生きている内によいものに廻りあった。感謝!明日は一番列車で朝一の飛行機7時半フライト。輝く未来をイメージしよう。

2010年12月10日金曜日

個展 荷物発送

業者に託送して荷物を今日発送する。今回はミニ額以外は余りグッズがない。際になってプリンターの調子が悪くなり借りてきたプリンターも新しいのに調子が悪い。もう、これはするな!ということだと引き下がる。大体すべきことはして来たから後は神さまにお任せしよう。
昨日は応援団から便りあり。送ったはがきをコピーしてコメント付きで配って頂いている由、有難いことだ。周りの有形、無形に感謝しょう。独りの力ではとうてい及ばない処をサポートしてもらう。こうしたお陰に報いるように頑張らねば!今回はぴえろも助けてくれる。
明日は出掛ける前にしておかねばならない仕事をして、概ね準備が整う。

2010年12月6日月曜日

海外出品相談所 個展告知

海外出品相談所を通じて告知を依頼、皆に流してもらう。

さて、いよいよ秒読みの段階。今日は留守の間の仕事の段取りと作品の釈文を書く。あと少し荷造りなどをする。

昨夕は高校OB書展懇親会。整体をやる先輩に歪んでいる腰と首を直してもらう。だが、今日は後遺症?少々身体が痛む。どうしたことかな。歪んでいるなりのバランスを取っていた事だろうか?日頃使わない筋肉など伸ばしたからか、いずれにせよ困ってもいないのに調子に乗ってはいけない。自分の勘を重んじるべし。ちょっぴり教訓・・・・・

2010年12月4日土曜日

高鍋高校書道OB展

今日午後から美術館で当番。知り合いがちらほら。じっくり自分の作品を眺めながら、手書きから余り離れないようにするべきかな?と少しおもう。原画さえあればいかようにも変身させられる機器を使いすぎると手書きの妙味を失う。器械を通したものは生気が感じられない。影や色はあくまで演出に止めるべきでそれに寄りかかるようでは力がないということだ。斉藤先生の色紙サイズと条幅の作品を見て流石に脱帽する。穏やかな表現ながら見る人をほっとさせる何かがある。少しも力んでないし見せ場とて無いようにした作品だが何か魅かれる。そういう作品を創りたい。斉藤先生の声が聞こえる・・・・・

2010年12月2日木曜日

行灯の作品


綾のきりえ作家と熊須工房と私の合作の行灯が仕上がる。三面に寿、郷、魚を書いて板に貼りつけて糸鋸で切り抜いていく。枠との接点がないと宙ぶらりんとなるため白黒の密度を考えながら文字を書く。バランスに難儀したが三人とも初仕事にワクワクして取り組む。出来上がりを早速持ってきてもらった。楽しい仕事だったねと言って手渡されたので私も嬉しくなる。

最初のイメージのような出来具合で多分三人とも満足のはず。切り抜くのにまる一日は掛かったというし工房の仕事は丁寧そのもので熊須さんに付いているお客さんは沢山いる。二人の仕事に乗る事ができたのはラッキーなこと。後は私のお客さんの反応である。今の時代遊びを必要としている人に出会えるかどうかということだ。機会を待つのみ。幸あらんことを!

2010年12月1日水曜日

DM発送  

さあ、今日から師走。正しく走らねばならない。が実はとてもスロウなのだ。気ばかりは走る。昨日までにDMを書き終えて今日発送、弦を担いで大安。馴染みの方が50枚を配って下さる連絡あり、このような周りの助けが本当に有難く力が出る。自分を肯定しながら進む時ちよっとした言葉さえ励ましとなる。発送のついでに森に寄って椎の木に言葉をかける。(言葉を掛けられたくて・・・・・)

昨日は高校書道OB展の搬入、3点を出品。ぴえろ、あいうえお物語(五十音の字源)、やなせたかしのアンパンマンの詩いずれも楽しいもの。この書展も年々出品者が減ってこのままだと何年か置きでの開催となるかもしれない。「斉藤先生の教え子たち」での出発だったので若い方の開拓が出来ていない。世代が確実に交代しつつある。
この後6日からは小森先生の社中展、これは招待で出品の予定。若い頃から20年余り育てて頂いた恩のある先生。皆の助けあっての今の自分、全てに感謝!

2010年11月30日火曜日

陶作品

唐木戸の甲斐英俊氏に依頼して3点の作品を作ってもらう。なかなかよい出来上がりに満足。私は文字を入れ焼き上がりのイメージを氏に言ってそれに見合うやり方を教えてもらって指定された方法で上薬を塗ったり振りかけたりして手渡す。今回は納得いく作品に仕上がったけれど常時このようにいくとは限らない。とてもラッキーだったのだ。昨日はこれを入れるべく額を探しに宮崎へ行く。大体のイメージはあるのでマットの色を合わせて買って帰る。作品を装うのもまた楽しいものだ。昨夜のうちにボンドで固定、今日いよいよ完成。窯の神さまと甲斐氏に感謝!

(上・・・四霊、下・・・八木重吉の詩)

2010年11月23日火曜日

森へお出掛け

忙中閑あり、気分的にこうしてる場合ではないのだが用事のついでに森に寄って見た。もう久しくご無沙汰で草茫々の態。つい座り込んで草を抜くこと二時間、あっという間に過ぎる。野良着でもなく普通の出掛ける装いなのだが構わず手が動いていく。植物は生きている、囲まれているととてもリラックスしていられる。やはり土や植物に触れることは大切なのだと改めて思う。荒れている畑を横目に「後一月は来れないよ」と自分に言い聞かせて帰る。早くこざっぱりしてやりたいが個展を終えるまではがまんしてもらおう。しゃべらないけど友達、仲間、同志・・・・・うまく表現出来ないけどあたたかい気持になれるんだ!

2010年11月22日月曜日

URLの作品入れ替え

ずいぶん長い間掲載のままの作品を入れ替える。気になっていたからこれで一安心。ホームページを充実させるべきと周りから進言されるがなかなか・・・・・吾がつれあいの機嫌のよい時を見計らって頼み込んで仕事をしてもらう分ではここで納得が現状。まあ、これでよしとしよう!
さて、個展準備も遅々として進む。どっしりした陶板を眺めながらなかなか作品化出来ないが今回はこれはパス?かな。勢いで出来ていた事を思いながらこれも作品制作の一つの形かなと慰めたりする。焦らないでじっくりあたためながらの仕事の方が性に合っているかもしれない。後は個展用雑用をこなしてスタンバイに向かおう。

ぴえろが幸運を運んでくる!

2010年11月18日木曜日

川南文化連盟発表会


今日は川南文化連盟発表会の為教室の皆の作品を張り込む。なるだけ私が手を入れないで仕事が出来るように裏打ちを各自やったりする。失敗をしても次の糧にしていく。これを何回か繰り返すうちに自分で作品を仕上げる喜びが判るようになる。時間が掛かっても辛抱して皆を仕向けるのも我が仕事。むき出しの作品はラミネートをかけたりして。
明けて1月は高鍋のアイギャラリーで社中展の予定。これにはもっと沢山の人が参加、その作品を創る為の予行だとおもえばよい。皆乗り々だからきっと役立つ。

私は小作品を書く。
「ゲーテの詩」・・・・・・人の魂は水に似ている
             天より来て天に昇り 
            再び降りて地に戻る
            それを永遠に繰り返す

    (転生すると言う事かしら。転生しながら魂を磨く・・・・・、)

2010年11月17日水曜日

タペストリーと看板完成


「愛」「ゲーテの詩」を各々幅1・2m、長さ2mに描き出す。会場のメインとなるように白黒の対としてデスプレイをしよう。これが会場効果を上げるだろう。次はこの手で日向庵の文字を金文で布に仕上げたいのだが・・・・・・デザインの世界は果てしなく広い。まだまだ知らないことが一杯あってアンテナを張る楽しみが増えようというもの。

ミニ額も出来つつある。一つのパネルをこの黒のミニ額で埋めよう。象形文字の面白いもの(形、意味)を選ぶ。古代文字形はたいてい祝呪、戦いに関して神に問う形を採っている。神に代わってGOサインを出せるのが施政者の長、それを証明する為に占いを利用という構図。自然現象は人の預かり得ないこと、雨乞い、出陣に至るまで全て亀の甲羅を焼いたりして占って決定。その様が文字として今に残る。文字を一つ一つ調べていくと古代の生活が浮かび上がる。4000年も遠い昔であっても感性はあまり変わらない?ような気がする。文字を調べながら小説を読むような、想いを馳せながら仕事が出来る楽しみがある。

2010年11月14日日曜日

重なる作品展

12月から1月にかけて立て続けに作品展が押し寄せる。川南文化連盟の文化祭、書の道、育てていただいた先生の社中展、高校のOB展、高鍋美術協会展、途中自分の個展と一月余りの間にこれだけこなすには張り切らねばならない。来年三月までにはアートフェアの作品5点も目途をつけなくては。集中しての仕事は充実感がある。五月の個展以来伸びきっていた精神のゴムをピンと張った感じ。いつもこうならいいのに・・・・・  これをラストスパートと言うのかも知れない。ラッキーな事に重なる作品展がそれを後押ししてくれている。これもまた仕合わせに感謝!

2010年11月13日土曜日

看板いろいろ



 今日は
看板二枚を書く。川南町文化連盟合同発表会、高校還暦同窓会用。(横の長さ4M)
感覚とりがなかなか、手馴れていなくて・・・・
大きい作品は書いては気も大きくなってそれなりに達成感がある。こんな仕事をさせてもらえて有難い。

2010年11月9日火曜日

2011 カレンダー

作品を使ってカレンダーを作る。季節に合わせて作品を選び娘にレイアウトしてもらう。昨年も個展で販売、好評だったので今年もまた作ってみる。今日はハガキにあわせて何回も試し刷り一応仕上げる。何組かこしらえて会場で皆さんに見てもらおう。沢山売れるといいなあ・・・・・ グッズでそれなりの経費が賄えると有難いのだが。こうしたこまめな仕事もこなす必要がある。要を生かす為には色々考えねばならない。作品が独り立ちするまで頑張らなくちゃ!

2010年11月8日月曜日

見えてきた形


今日タペストリーの大まかな仕上げが出来る。看板も下準備OK。会場をシュミレーションしながら、力強い助けに支えられて成しうる事。データだけは自分で用意するが後の仕事がなかなか大変。PCを使いこなせれば仕事も捗るのだが、遅々たる理解、技術・・・・今のところは持てる力を精一杯出す。後は神さまにお任せです。

陶額の作品を裏打ちにだす。作品の周りを手漉き風に仕上げる為其れなりの技術を持つ表具屋にやってもらう。裏打ちは自分でも出来るが枚数が嵩んだり確かな仕上がりの為にはやはりプロにお任せの方が無難。何でも手を出していたら本来の書く時間が制約される。要を押さえながら仕事をしていかなくば雑用に追われる事になり兼ねない。昨日はミニ額10点を綾の工房から持ち帰ったので今度はその作品を用意しよう。さてさて、ようやく全体像が見えてきたようだ。残る一月頑張ろう!

2010年11月3日水曜日

DM 印刷



東京文京区シビックセンターでの個展のDMを印刷する。こまめに印刷しておいて11月中旬くらいから宛名書きの予定。作品の方は裏打ちにまわしておいた物が届く。随時額を当たってみる。予定していたものが合わずまた注文するのもあってゆっくりとしか運ばないが一点一点手を抜かずやる。何しろ今度は数が少ない分しっかり創っていきたい。

2010年10月30日土曜日

ドイツアートフェア公募

ドイツ・アートカールスルーエorアートケルンへ出展のため画像5枚をメールで送る。期日は2011年3月10日~13日(アートカールスルーエ)。アートケルンは期日未定。最終的には海外出品相談所が作品を指定して1~3点まで出品する。出品料35000円、出品にかかる費用(輸送量、関税)はこちら持ち。売れた場合の手数料作家、ギャラリー50%。
ドイツの経済事情もよくわからない。作品価格の妥当性もわからないでの出品、いささか心もとないが当たって砕けるしかあるまい。やって行くうちに見えて来るものがあるだろう。

日本文化も燈台もと暗しで意外と当事者はその価値に気づかない場合も多い。
私が扱っている「漢字」、余りに日常的でそれをアートとして認識する感覚はないに等しい。書の作品は今や展覧会の為のそれとしか機能していない。読めない、解からないから皆を引き戻してもっと芸術としての書の在り方を模索中なのだ。人間の感覚に国を越えてうったえる何かが有るにちがいないと思う。象形文字は正しく絵画そのもの、そのルーツは我々の精神世界をあらわす。世界がスピリチュアルな物を求める現在、象形文字で顕される世界はきっと何かの示唆を与えるだろう。

2010年10月29日金曜日

お尻に火が付くと・・・・

さあ、いよいよ個展の準備の追い込みに入る。なのに、部屋を一日かけて片付ける。やりだしたら止まらない。すっかりきれいになった部屋でウムウム、なんだか一安心。複雑な心境である。試験の前の仕業に似ている。
仕事のいろいろな段取りはしていくがゆっくりとしか運ばない。その中で頭の中はああしてこうやってと案じていく。この自分流では今の世の中の流れについていけないかもしれない・・・・・けど現実はこれしか出来なくて、トホトホトホ お尻に火が付いてこの位。頑張らなくちゃ!

2010年10月27日水曜日

足湯

今朝は一気に秋本番、冷える。低血圧で冷え性ときていれば、これからの季節は堪える。呼吸法で血液の流れはスムーズではあるがやはり冷えは・・・・さて、今日は思いついて足湯をしてみる。朝お茶をのみながら新聞を読む、その時間ほんわか足から暖まるこれがなかなか気持がいいのだ。これはやみつきになりそう!冬になると仕事の時は足にミニカーペットを当てる。足の冷えは即体の冷えにつながる。寒いと心もふるえる気がする。足も体も心も温かくあるべし。お試しあれ!

2010年10月21日木曜日

ビワの葉の効用


扁桃腺が赤く腫れて熱っぽいのでビワの葉を喉に巻く。乾燥すると新しいのに取り替える。普通なら熱発したら即お医者さんだが今回はしょうが汁の黒砂糖煮と酢水のうがいでやり過ごす。薬を飲むと体がだるくなって本来の病みより薬の作用のほうがきついくらいだからなるだけ薬を避けたい。周りはそんなまわりくどいことをと批判的だが体に優しいほうが自分的にはいいのだ。昨日はそういう事情でなんとなくグターと過ごす。でも今日はしっかり立ち直ったみたい。自分流の養生もやってみるものだ。

2010年10月19日火曜日

行灯原稿

きりえの手法で文字を抜いて行灯を作るべく原稿を送る。ちょうど高鍋であかりプロジェクトを行っているのが石が木のバージョンということになろうか。前回までは金文を書いて白抜きで表現していたのだが、今回はたまたま、きりえ作家の作品を工房で見て文字での表現を試みる事に。シンプルな行灯を模索しているのだが果たして出来上がりが楽しみである。

先日はタペストリーの新しい作品を持って行ったのだがこれも高鍋ののれんプロジェクトにとてもよく似ている。5月の宮日会館の個展に発表した別の表現。これらの作品のタペストリーは、高鍋のれんと変わらないような物。巷の呉服屋ののれんがあたまをかすめていたのだ。これを文字で表現したもの。今回狭い会場のメインになる作品。

あかり、のれん見に行かなくちゃ!

2010年10月18日月曜日

営業 活動

昨夕は在京経営者会議の懇親会が観光ホテルであり出席。なかなか話が上手に出来なくてなんだか場違いの感じを持ったのだがこれも修行と自分に言い聞かせて二時間を過ごす。某ギャラリーでの作品展を願っているのだが色々とハードルが高くて実現の為の力添えをお二方にお願いする。いずれ可能になるのだろうがその突破口が見つからないらしく書道を一つの芸術として認識されていないのではないかと情けなくおもう。主権者ももっと視野を広く持って世界に誇る芸術だということを意識してもらいたい。書は我々の最も身近にあるもの、近すぎてその佳さ、素晴らしさが判らない。芸術に限らず文化の逆輸入はよくあること。佳さをアピールしていくのも我々書道人の仕事なのかもしれない。

2010年10月11日月曜日

額の依頼を・・・・綾へ

今年の東京個展会場は昨年の半分、充実した物をとあれこれ考える。ミニ額で一部の壁面をうめるのもいけるかとその注文に綾へ出向く。ミニ額は黒のお手ごろサイズで値段も抑えてある為割合人気がある。ちょっとしたプレゼントに使う人もいる。金文の作品にはとてもよくマッチする。

さて、作品構成はというと、正面の壁面はタペストリーとパネルか大字の軸、入り口のガラスをどうしょうか思案中。行灯の新しい試みも模索中。ここしばらくはあれこれ想いを巡らしてアイデアをキャッチしなければ・・・・・
あとまるまる二月をしっかり仕事をしよう!

2010年10月4日月曜日

西野呼吸法

10月1日から上京、在京川南会出席、12月個展会場シビックセンターの打ち合わせ、西野呼吸法のお稽古と沢山の用事をまとめてこなす。営業もして、元気も貰っていよいよエンジン全開で取り組もう!会場が狭い分、作品精鋭?で。係りの人は3回目ともなると色々便宜も図ってもらえて有難い。何しろ今回はウイークデイなので助っ人が少々心配だが、呼吸法の教室の人も手伝いを買って出てくれるのでなんとかクリアー出来るだろう。搬入、搬出は二時間弱で完了する必要がある。前日から準備とはいかないので時間の勝負となるのだ。少しでも人手が欲しい。

西野のお稽古は半年振り。身内の怪我に遠隔をしてみて自分の気を出すととても疲れるから出てはいるのだろうが我流でこのようなことをしているとよくないかもしれない。やむなく試してはみたものの西野ではこのようなことは教えていないので全くのペーパー知識は用心するべし。いま少しはひたすら西野の基本に忠実に稽古に励もう。気の落とし穴は注意すること。自然に得られた物だけを手にすればいい。必要な時は必要な物が与えられるだろうから。お稽古で対気をしていてそう思った。意識が進歩することが大切なのだと。ゆっくりもまた楽しからずや。

2010年9月28日火曜日

訃報

バスケットを共にした同級生が癌と戦っていたけど常に明るく元気を我々に呉れる人だった。癌が転移しても「まあまあ、大丈夫よ!」と言っていた。今、巷では難病と言われても代替療法を見つけてきてそれなりに防いでいる人が沢山いるので彼女もきっと何かよい方法にめぐり合ったにちがいないと思っていた。何だかとても残念だ。普通は闘病している人は自分の置かれている状態を隠そうとするけれど彼女はカラカラ笑って再発はこれで何回目よ!なんてこともなげに話していた。周りの我々は深刻に考えもしないで大したことはないのだと合点していたのだが・・・・本当は深刻な状態だったのだろうか?
闊歩している彼女の姿が浮かぶ。冥福を祈ろう。

2010年9月27日月曜日

絶望のとなり

絶望のとなりに
だれかがそっと
腰掛けた
絶望はとなりの人にきいた
「あなたはいったいだれですか」
となりの人は微笑(ほほえ)んだ
「私の名前は希望です」

やなせたかし の詩です。

2010年9月26日日曜日

ぴえろの作品

今年の正月、中学校の還暦同窓会席上でぴえろというお店の作品の依頼を受けた。出来たら絵も入れてとの事で5月の宮日会館の個展に挑戦したが納得いく作品に仕上げることが出来なかった。今度はどうしても東京に持っていかねばならず気を入れて取り掛かって先日完成。有難い事に「あ、これが使える!」とひょんなことから下りてきて出来上がる。これからの二ヶ月は心を目にして素材をさがす。本を読んでいて、ラジオを聴きながら、人との会話の中に、出来るだけハッピーなイメージを以ってアンテナを張る。どれだけ作品化できるか分からないが古代文字を中心に楽しい会場をシュミレーションしていく。
もう、前を向いて気を打ち込んでせっせと仕事に掛からねばならない。

2010年9月20日月曜日

波動調整終了

8月のはじめから12回波動で歯周病に対応してきた。歯科医院では抜歯を勧められたが抜かないで欲しいと応急措置をしてもらった。歯周病に対する菌や組織の波動をかけて何回かすると確かな手ごたえを感じ出して波動調整のすごさを実感する。痛みは勿論浮いていた歯もしっかり収まって普通の食事は違和感なく出来るようになった。歯周病は治らないと世間では思われている。歯磨きだけが対応措置なのだが波動・・・という世界もある。ただ、これは半永久的なものではないだろう。きっとまた菌は暴れだすに違いない。今の平穏な状態を維持する方法を見つけなければならない。波動器を買って手元に置くには余りに高価で今の自分には無理。12回の波動調整は〆て二万五千円、最初の波動箇所を見つけるのに三千五百円、合計二万八千五百円で落ち着いた訳だが、この金額を再々使うほど豊かではない。保険が使えれば問題はないのだが国の機関は認めていない。現に一台の波動器では対応に追われるほど必要としている人がいるのに。癌手術のケアーやアトピー、腰痛、多動性の子供達、みやなが整骨院での私の前後の患者さんたち。いずれもはっきりした効果を示される。

私個人としてはもうすこし安価で効果あるものを見つける必要がある。こうして気の勉強は続く。きっと見つかるはず。

2010年8月31日火曜日

ゆっくりも今日まで

暑いを連呼しながら八月が終る。二階での仕事は集中出来ないほど暑い。そう言いながらやや慣れたかなと思ったら既に九月到来。これからは気合を入れて作品創りに励まなければ・・・・・・自分に言い聞かせる。今回は構想が余りない。懸念事項が次々おそいかかって少々こころが落ち着かない。早く軌道修正して本業に精を出さねばならない。作品は公募をいっさい出さないで来ているので時間がないのではなく、姿勢、方向性の問題かもしせない。作品を創るということはどういうことかの根本問題に詰まっている。気力がふつふつと湧いてこないのはこれを解決しなければならないのだろう。人並みの才能しかないのだから何かに猛烈に努力しなければならないのにそれが判らなくなってしまった。・・・・・・
何に向かえばよいのか   充実した気がほしい。明日から向かう先を探しに行こう。

2010年8月17日火曜日

波動セラピーの成果

昨日でレヨコンプPS1000ポラー 波動測定器で波動調整をはじめて4回目。今日は歯科医院へ行く。歯科の先生に抜歯対象の歯ですよと言われていたのに私は抜かないで!と言って抵抗していたのだが。    
 今日、先生は「おや、落ち着いてきましたね」とおっしゃる。・・・・・・・・・・・そう!効果あるということだ。神経を抜く方は抵抗出来なかったけれど・・・・片方は何とか現状維持が出来そうだ。違和感なく食事が出来る。はこべの粗塩炒りで指を使って歯磨きをして歯茎を締める努力をする。何しろ、親兄弟とも似た体質だろうから入れ歯の可能性を回避するべし。今年に入って突然、歯の問題を抱えることになった。自分ながら歯は丈夫と思っていたのだが。歯は丈夫でもお口の中込みで考えなければいけないことを知る。ひょっとして歯のトラブルが身体の不調に繋がっていたのかもしれない。波動調整をする度に身体の快調を感じ出したのだから。ともあれ、効果を少しでも確認出来るのだから(今回6回が一単位)これをこなして次は以前からの懸念の胆のうの波動調整をしてもらおう。胆のうは痛みや違和感は全然ないのだが検診がある度にエコーでポリープらしきものを指摘されている。手術を奨められても痛みがなければ現実的ではない。頭の隅に入れてはいたけれど・・・・・

(レヨメータ、レヨコンプは医療機器ではない、現代の科学では認められていない)  このような注意書きがある。しかし、成果を各人が得るならば何をかいわんやだろう。

2010年8月14日土曜日

ホット して!


一作日でレヨコンプ1000で波動調整を3回目を受ける。歯は痛みも無く波動器の効果が早くも出たのでは?初回のハーモナイズでは二項目位消化、二回目はもっと多く、回数を追うごとに沢山調整されていく。私の場合は主に歯関連のハーモナイズだがそれに関係する器官が同時に調整されるため快調になるのだろう。口蹄疫発生からこちら身体の調子が今一で何処底に不協和音を感じていたのが少し正常になりつつある様な気がしている。就寝前の気功、呼吸法を半分してダウンが数回あった程、疲弊かんを持っていたのだが今は元気モリ、モリ? のつもりである。気功、呼吸法でもやり過ごせないブロックがあったのだろうか。ハーモナイズでそのブロックを除くと快調が戻る。 (見えない力で身体を守る「ドイツ波動健康法」) 一読される事をお勧めしたい。佐土原町 みやなが整骨院 にレヨコンプ1000はあります。高価な為個人で所有となると難しいのでしょうが皆さんがこのような機器の存在を識り活用出来れば身体の不調も怖くは無い。病院で何とかならない人はアンテナを張って貪欲に情報を得るべきだと思う。きっと路は開ける。皆がよいと言うものを自分で試してみること。相性の問題も時期の問題もそのた諸々のことを含めて自分が必要とする時に必要な事がもたらされる気がする。感謝!

2010年8月10日火曜日

波動器

レヨコンプ(レヨメータ・コンピュータ)の歯周病にも対応できるレヨコンプPS1000ポラーが近くの整骨院にあって波動調整の為に週二回通う。歯科医院と平行して治療していく。歯科医院では外科的なことをして、波動調整では菌対策ということ。果たしてこれでどこまで歯周病に効果が出るか解からないが大阪の平澤歯科医院ではこのレヨコンプ1000ポラーを使ってよい成績を上げているのだそうだ。私の場合は歯科医院の先生が使うのではないが器械に搭載されている波動数は同じ物だから全く効果が無いとは考えられない。ただ、体内の菌は一応退治しても免疫力が落ちたりしたらすぐまたもとの木阿弥だろうから?
大阪に通う訳にも行かずさしあたって近くで波動器が見つかったのでしばらく調整してもらうことに。
整骨院でもこの波動器の人気は高く夜の8時からの予約でようやく取れる。ちかい内に二台目が入るとのこと。皆何らかの効果を見ているのだろう。医学の世界にも佐賀の矢山先生が使っておられるそうだ。

今日は左の奥歯の神経を殺す薬が入って痛む・・・・・痛み止めが必要かもしれない。今までは人事だったのにわが身になるとつらい!  ( なにかの試練かな・・・・・・・・・・)

2010年7月26日月曜日

ドイツ波動健康法

動植物の気の流れに滞りがあると、ある特定の周波数で共鳴することを利用して周波数の測定と波動調整が出来るポータブル波動測定器のセミナーに出席する。レヨメーター・コンピュターと呼ばれる物。最初は認知症の義母によいかなと思って興味を持ったのだが今は私の歯には・・・・この測定器は細菌、ウイルスにも適応出来るとの事。隣に座られた方は犬の腫瘍が驚くほど良くなって行くのですよと話されていた。今時、人間より犬のほうが恵まれている?複雑な気持で聞いていたけど、動物の方が感受性が鋭いので効果がてきめんなのだろうと話が落ち着く。共鳴といえばチベットのシンキングボール。奏でた時に音が鳴り響いているあいだ、からだが共鳴して波動を全身で感じることができる。その時それまであった緊張が跡形も無く消え、あたまやからだがほぐれていく。CDを聞きながら音の力はこころを癒すことを実感している身には共鳴の不思議を再認識している。難しいことは解からずとも心や身体がほぐれていけばすべてよしなのだ。年を重ねるとお手入れが必要になってくる。なだめ、すかしながら付き合うより仕方ない。好奇心も兼ねてお試しも楽しいものである。

2010年7月23日金曜日

かなの書展

7月20日から宮日会館での中村友光子さんのかな書展は雅の世界に誘ってくれるとてもよい雰囲気の書展だった。最近これはというような書展に出会えない中、見せる演出で楽しませてもらった。変体かなを読める人は書をする人か古文書を読む人より他はいない。それでも多くの人を引き付けるのは私たちの意識の深いところにかな文字の記憶がDNAのなかに眠っているのでは・・・・・・ 生活の書にはなりえないけれど何かしら私たちに語りかけて来るものがある。会場は多くの人で賑わっていた。読めなくても充分楽しめる世界があることを教えてもらった気がする。掛け軸でも古いなんて言わせない程の技量の持ち主なのだ。今50代半ばだからこれからが期待できる。期待の星です。

2010年7月18日日曜日

梅雨明け間近

ようやく梅雨が明けようとしている。長かった憂いも晴れようというもの。昨夜は地域の金比羅神社の夏祭りのよどなのだが今年は今日の灘お神酒だけで例年の賑わいはない。新しい神社の落成もあったので本来なら晴れの気持も持てただろうが・・・・・こういう歳もあるということか。
夜は梅雨明けの夜空を眺めてみれば満天の星たち。久しく忘れていた想いだ。しばしベランダで過ごす。天の川もくっきり浮かび上がって澄み切った夜空の美しさにみとれる。つい、心のオアシスを忘れがちな中、星々に癒される。

これから暑い夏を頑張ろう!

2010年7月15日木曜日

人の好意

右から歯磨き粉、ビワの葉、クマ笹のエキス、はこべの荒塩煎り
歯槽膿漏、歯痛に効くとされる品々。

ここのところ食事が嬉しくない状態を廻りにぼやいていたら、こうした物に恵まれる。極めつけははこべの荒塩煎りで今日は憂いもだいぶよくなる。この調子ならば楽しい食事も近いうちに出来るだろう。それにしても自然のエネルギーと人の想いの力はすごい。
宮沢賢治の詩に「近くに困った人とあらば駆け参じ」とあるが私はこのようなことが果たして出来るだろうか?と自問してみる。受けた好意を有難く頂く。

2010年7月11日日曜日

カツオ

上はソーダかつお、下は歯かつお。ソーダは(マル、ヒラ)の2種類ある。マルは生食では消化不良を起こすことがある。マルはとても美味しい。
(以上はにわか仕込みの知識より)
昨日、確かめないで歯鰹と勘違いしてソーダかつおを知人にあげてしまった。夕食時その話を主人にして自分のうっかりに気づく。さあ、たいへん!相手が食べてしまうとあたってしまう。連絡すれど通じないで肝を冷やす。連絡が付いた時はもう食べた後だったらしく、カッカッカと笑っておられたがその後も少し心配で・・・・・食した全てにあたる訳でもないらしいが漁師でも食べない人が多い中、うかつなことをした。日頃はあまり魚を捌く役目を放棄している付けが回ってきた。漁師のおくさん失格ってところだ。ソーダかつおにあたっていたら・・・と思うと・・・何かに感謝!

2010年7月3日土曜日

快い気分

昨日、今日かねてより書きかけの作品を仕上げる為に仕事場へ出掛ける。個展の時の依頼だからなかなか出来ないでやきもきしていた。後一つ、GOサインが出せない。今日はそのうちの一つは目途が付く。出来ないでもんもんする時は自分の才能の無いのを嘆いてみるがそれは解決には繋がらない。気分転換すること、忘れること。その内きっと佳い時期が来る。それを待つ。果たして今日がそれだったかは分からないが一応納得する。明日眺めてよし!と思ったら決まり。

最近、本山博さんの本にはまっている。「現代社会と瞑想ヨーガ」。先月の空港での国際現代彫刻展の会場でのメジャー、割り箸の件の理解の一助になる。精神世界が物理的次元のモノに働きかけるときにひきおこす現象だということ。こころの働きは時には物をも動かすことがある。
よい気はよい気を呼ぶ。気は廻っている。こんな事を学んでいける本です。

2010年6月30日水曜日

水無月

今日で六月も終る。この二ヶ月はあっという間に過ぎた。口蹄疫は完全には収束していないが一部非常事態解除へと動いている。川南町が対象になるのも日が近いだろう。明日からはいつでも仕事が再開出来るようにしておこう。子供達のはじける笑顔が早く見たい。元気を一杯貰っていたことを今更ながらおもう。

畑の花たちは季節を穏やかに語りかける。
今日はがく紫陽花。

2010年6月28日月曜日

パンフレット 印刷

シビックセンターの個展用のパンフレットが届く。会期は12月14日~17日 、6ヶ月先だが高鍋高校在京鳴海が丘会総会で配布していただける由、印刷することにした。今からだと半年先には忘れられる可能性もある。今回は口蹄疫チャリテイーがあるので作品を出品する相乗り効果もあるだろう。ともあれ、応援いただけるのは有難い。まだ今回で東京は4回目継続で作品を知ってもらうほかない。昨年は100部黒岩先生が持って行って下さった。
皆に助けられて活動出来ることに感謝!

2010年6月27日日曜日

直感を信じて

むち打ち症をネットで見る。症状の治療は困難な場合が多いとある。その中に針治療がよいとのこと。私の場合は最初の日を除いて痛みはない。レントゲンも異常なし。症状が十日後に出た人もいるが針治療が効くというのは経絡が関係しているのだろうから、日々、気のトレーニングをしているのだからきっと大丈夫だろう。神経痛や鬱、リュウマチも気の流れが滞って起こる病気。むち打ち症も神経をどうかして気の流れに支障があって顕れる症状なのではないのだろうか?呼吸法をして気の流れをスムーズにすればやり過ごせそうだ。
大丈夫心配ないと私本人は思うのだが外野は少々うるさい。勿論心配してくれてのことだが。家族は気の世界のことには明るくないので説明してもなかなか理解してもらえない。ここのところ家族間の感情の行き違いでギクシャクしている。少し時間を置いて元気を証明することにしょう!

さて、今日は久しぶりに森で草と格闘。楽しかった。時間が分からないで昼食は一時過ぎ。その後少し呼吸法をして・・・・メンテナンスのお陰で全然身体は痛みなし。この頃ははっきりと呼吸法の効果を感じるようになった。宇宙のエネルギーを使う気のメソッド皆が知るといいのに!第一酸素は無尽蔵にあるのだから。

2010年6月23日水曜日

パンフの発注

在京高鍋高校同窓会の総会で個展のパンフレットを配布してもらうべく、少し時期尚早だが発注作業をする。今度こそ自分でこなそうと一日奮闘。ワードで今まで作業ができなっかたけれど変換ソフトをインストールしてどうにか仕上げる。若い人にとっては何でもないことが至難の業。すぐ忘れてしまうのだけど一回すれば後はまた何とかなるだろう。休業中の身ではあるしイライラして作業しなくて済む分は幸い。
総会での口蹄疫のチャリティーの為の作品を何点か送らねばならない。いろいろなメッセージを托せる作品を選んで皆に眺めて頂こう。本当は口蹄疫の被害は自分にも及んでいるのだけれど気の流れは廻りまわっているのだから人の為は自分の為。
依頼されている作品の仕上げも急がねばならない。何となくこころを集中出来ない事が起こってしまう。何故なのだろう。・・・・・・佳い気を起こさねば!

2010年6月20日日曜日

アクシデント

今日は午後からの競書の審査会の為午前11時に家を出る。途中住吉で追突事故にあう。信号待ちだったので大事には至らなかったものの、後ろのバンパーを傷つける。首が重く感じられる。首が張ると肩まで応える。ムチ打ちは後が怖いのでさしあたって明日病院で診てもらうことにする。これだけで済んだからよかった。大難免れて小難、注意を促されるサインなのだろう。何事も慎重にすべし。

2010年6月18日金曜日

沖縄でシュノーケル

6月12日予定の飛行機に乗り遅れるハプニング。13日そのままの価格で乗る事ができると言う。その日はがっかりして帰宅。やれやれ、自分ながら情けない。水納と瀬底島で一泊で二日間をさんご礁の海を楽しむ。ポイント2箇所のさんごのお花畑、熱帯魚の乱舞。魚に手を突かれて痛い目にあうけれどこれもまた楽しからずや。ハワイより沖縄のほうが綺麗とは聞いていたけれど本当にうっとりしてしまう。滞在型の宿泊施設はバス、トイレ、キッチン付きで一泊一万円。しかもオニュウを4人で使用。航空券も2ヶ月前に買うとお買い得だし、当地ではレンタカーを借りて動いたので、どこのレジャー施設よりは断然格安。マリンスポーツをこの歳で楽しむことが出来るなんて思いもしなかった。日頃の呼吸法のお陰で疲れも全くなし。口蹄疫の皆が疲弊している中で出掛けるのははばかられたけれど思い切って出掛けて元気をもらった。仕事は開店休業だし神さまのプレゼントとしよう!

2010年6月9日水曜日

東京 個展会場確保

シビックセンター1F展示室(東京 文京区春日)

8日の抽選で会場の確保が出来る。今回は狭くて昨年の半分。12月14日~17日、4日間。継続だけが頼り。中断すればまた心も費えようというもの。すすむしかない。自分を励ましながら仕事をしよう。目標を定めて歩く。ボチボチでもいいではないか。与えられた事に先ずは感謝!

2010年6月7日月曜日

畑で生き返る


昨日、二週連続で畑へ。ナス、キュウリ、つるなを植える。それぞれ三本。ピンポン玉くらいのタマネギを収穫してとにかく植える場所を確保して植える。片付けてからなどと思っているとその日のうちに植える事ができない。猛烈に草を抜き、休みもさほど取らずに作業をする。来週、再来週と畑に行けないので目途を付けておきたい。夜は流石に身の置き所に窮するほどヨレヨレに。呼吸法をしてメンテナンスしてようやくやれやれと生き返る。これが、気功、呼吸法、ヨーガに出会っていなかったらこれでは済まないはず。今日は午前中は畑から道に張り出した木々の枝払いをしてもらう。一抱えもあろう程の木々の枝は山の如く。連れ合いと三人でする仕事は素人集団で雑なものだが懸念を取り払うだけ満足としよう。昨日、今日と体を酷使してなんとなくさっぱりする。五月からは環境的、精神的に参ることがあり過ぎて心を外に開放する必要があったのかもしれない。唯ひたすら身体を動かす事は精神を開放する。

2010年6月2日水曜日

紫陽花

「墨田の花火」 紫陽花の名前。
畑の中で一番に咲き始める。この手は5本余り、昨年植栽したのが今年花を咲かせてくれる。大木の木陰にあって他の紫陽花には余り花目が付いていない。一つは秋色紫陽花を楽しみすぎて、切り詰める時期を逃したのも原因かな。紫陽花畑にしようと一面に植えてあるけれど、なかなか思うようにはいかないものだ。

花を眺めて、心穏やかになる。                                                                                                                                                                                                              
                                                                   

2010年5月31日月曜日

畑でリフッレシュ

昨日は本当に久しぶりに畑へ行く。タマネギを植えたまま、個展で心せわしく畑を気使う余裕がなかった。草が枯れてしんなりするまでになっており、それを片付ける。ほんの少しだけしか済ませられず、それでも草抜きは心を穏やかにしてくれる。口蹄疫で仕事は開店休業。教室が使用禁止。非常事態宣言の解除も全くめどがつかない状態で農家の置かれている状況は大変なもの。それも報道される状況とはかけ離れた現実をネットのブログや写真で知る。マスコミは隔離状態の本当の現場を報道することなく上辺だけのつなぎあわせでお話を仕立てているようにも思えてくる。こうなったら現場で現実に直面されている皆さんが情報を発信されるより他に手はないように思う。大変な現場を声を挙げて周りに訴える。日本人はこうしたことには不慣れだが今回は受身ではいけない。まずは皆に知らせること、この時代にこのような筆舌につくし難い現実を抱えて苦しんでいる人がいることを。
大臣さんでさえ現場まで行かないで引き返すとは・・・・・

引きこもっている毎日、依頼の作品の草稿を練りながら鬱々と過ごす。牛や豚の無念を思えばこれしきのこと!

2010年5月25日火曜日

口蹄疫ワクチン接種

「川南町の牧場ムッチーだよ~ん」のブログで牛にワクチン接種されたことを知る。読みながら涙が出る。飼い主の無念はいかばかりか。仕方がないとは言えこの合理的な世の中だったはずなのに歯車がだんだんずれて来ている。当然と思って享受して来た物は実は奢りの最たるものだったのではないか?足るを知らず唯ひたすら豊かさのみを追い求めてきたつけがこのような口蹄疫の形で降りかかったのかもしれない。私も含めて現在置かれている状態を把握するのはたやすい事ではない。無くならないとその物の価値は認識でき難い。生きているだけで充分幸せなはずなのだが誰も当然と思うばかりで感謝を忘れている。やがて亡くなる牛、豚は何と言ってあの世に行くだろうか。無駄死にならないように少しでも何かを学ばねば。
それにしても、哀しい現実。ウイルスよとまれ!

2010年5月24日月曜日

ドイツ アートフェア出品作品応募

海外出品作品相談所から ドイツアートフェア出品作品募集の案内が届く。出品料は国内のそれと余り格差はないので私でも何とかなりそうで応募することにした。まず、作品の写真審査をパスしてから。早速5枚の写真を送付して審査を待つ。タイトルは「神さまのおくりもの・・・・漢字たち」。 作品は 「家族」・「遊ぶ子ども達」・「春夏秋冬」・「顕」・「招福」。小作品ばかりだから審査通過したらP20に書き直すことになる。
応募が少なかったり何らかの理由でブースが埋められなかったら取り止めだという。あらかじめ海外へ作品を送る時のいろはを知人に聞く。関税だとか作品梱包、郵便事情、お国で異なる宅急便など。全く知らない事ばかり。海外の芸術発表は開かれた道がない。個人で探すとなると暗闇を手探りするようなもの。まして、地方に居て情報が少ないとなれば得られた情報を確実に追うしかない。回数を踏めばその内感覚的に何かを掴むことも出来るだろう。当たって砕けよう!!

2010年5月21日金曜日

木片タイル

依頼されていた作品の原稿を書く。一日ではこれはというのがなかなか出来ないけれど日にちを置いて推敲していけばそれなりに納得いくものに仕上がるだろう。仕事の一段落したその時フット息を抜いて、小物の作品を書いてみる。木片のタイルを広げていっきに書いていく。


「川南町の牧場ムッチーだよ~ん」を見る。牛は無事。でもワクチンを受け入れることになったとのこと。ここまで頑張った!・・・・のに。現実は厳しい。人の嘆き、牛の哀しみが聴こえる。

2010年5月19日水曜日

政府の対策

児湯郡の畜産(牛、豚など)は全て殺処分されることになった。皆殺し・・・・非情なことだがどうしようもないのだろう。これ以上の蔓延を食い止めるのはこれでも万全とはいかないのかもしれない。唯、見守るより他はない。私たちに出来ることは出歩かないこと、消毒を受ける事、他になにがあるのだろう。23日は宮崎で審査会が控えているけれどこれも欠席するほうがいいのかもしれない。直接畜産に関係ない立場でもどこでどのようにウイルスを運んでいるかわからないので考えてしまう。
畜産農家は家族同然の家畜を処分となると・・・考えただけでも痛々しい限りだ。言葉のかけようもない。
「川南町の牧場ムッチーだよ~ん」を見て胸をなでおろす。ああ!よかった。今日も生きていて。知り合いの処も何軒かまだ健在のところがある。直接聞けないから何となく人伝に聞いて安心していたけれどもう時間の問題だ!ワクチン接種して処分するのは。  哀しい現実。

2010年5月18日火曜日

口蹄疫の影響

今日から仕事が出来ない。町立公民館の使用禁止。知事は宮崎県に非常事態宣言を出す。風評被害も出る。今日は昨日より三万頭余りの罹患を発表、これでのべ11万頭あまり、新富町まで蔓延している。止まるところを知らず・・・・・唯息を潜めて見守るほかは無く。
直接関係なくても今からあらゆる所に影響が及ぶだろう。責任の所在よりも対策が先。果たして消毒はどれだけ効いているのだろうか?目に見えないウイルスはどこを飛んで行くのか。闇のなかを手探りで進む事態。こうしている時もじわじわ迫って来る。ウイルスよ進むな!!!!

2010年5月17日月曜日

祈り

昨日の夕方、口蹄疫の現状を私なりに出来ることを考えてとある東京の神社へ電話でお願いを試みる。事情を話して禰宜の方への取次ぎをお願いして今朝ようやく連絡がつく。宮司の方は気の世界以上の力をお持ちでこの現状に何かの示唆を与えて下さるに違いないのだけど今は入院中とのこと。禰宜の方がお祈りをして下さる由。その連絡を貰ってしばらくして国の口蹄疫対策本部設置の報道を聞く。偶然でもいい、少しでも好転すれば。祈りは通じる。多くの人が祈っているはず。牧場ブログにも沢山の励ましが届いている。今日現在8万5千頭の半分は処分待ち。埋設地が見つからなくて待機状態を今朝の映像は流していた。ウイルスがどのような経緯で蔓延するのか分からないけれど5月7日罹患した豚は10日生かされている。一覧表で見ることができる。早急に対策が講じられない結果。個人レベルではもうどうしようもないのだ。皆涙を流しながら頑張っている。何とかして欲しい!!!!

2010年5月16日日曜日

口蹄疫

ブログ・・・弥永睦雄さんの「川南町のムッチー牧場だよ~ん」を見る。悲痛な叫び声とうめきが伝わる。連日の被害はさほどの緊迫感はマスコミでは伝えられていないのではないだろうか?昨日の宮崎牛の種牛に及ぶに至って全国放送の電波にようやく乗ったという感じがしている。8万頭を超える牛、豚が処分され、畜産農家が廃業に追い込まれる事態を何故余り報道しないのだろうか?選挙がらみだとかいろいろ囁かれているけれど、今日明日の生活が懸かっている人々のこと収束の気配すら見えないことを考えればそのような悠長な事を言っている場合ではないはず。山本で仕事をするのだが銀座線は車も本に少なく何となくゴーストタウンを思うほど沈痛な空気が漂う。軒並み畜舎があるからおそらく既に感染して処理済かと思われる。作業をする人々の心痛も想像を絶するものにちがいない。「牛が鳴くのよ」「おなかに子を抱えているのはなかなか死なないので他の子牛を連れて来ると安心したように死ぬのよ」そのような話を聞いていると涙があふれてくる。自分たちも生き物なのに人間はむごい!だからといってどうすることも出来ないのだけど悲しみ苦しみを共有することは出来る。これ以上蔓延しないように祈るほかない!

2010年5月10日月曜日

次回へ

予定していた秋の東京の個展は抽選外れで会場を今から当たってみなければなりません。経費を抑えた会場となると・・・・・来月にもう一度12月のシビックセンターを当たってみてそれから考えましょう。作品を創るエネルギーがあるうちは発表の場を確保しつつ進みたいのですが、いかんせん先立つものが乏しいと心細くなってしまいます。お金は天下のまわりもの!

2010年5月9日日曜日

個展千秋楽

今日は個展最終日で午後二時から尺八とのコラボレーション。サイズ二尺×六尺で三枚と三尺×ハ尺で一枚計四枚の作品を書く。抽選で四方に。その内三枚は知り合いの処へ行く。作品にも意志があるのかしらと思ったことだ。(よく考えると来て頂いてるのは大概知り合いなのだが)

名司会はつくみやのご主人。今日は腕を振るう程のお客様ではなかったので少し気の毒でした。尺八の音色は作品毎に途切れていたのでアドリブでも連続的に流れがあるほうがよかったのではないかな。ともあれ、無事に終えることが出来てホットする。さあ、明日からは日常の流れで行きましょう。関係者の方々本当にお世話になりました。観に来ていただいた方々にも感謝申し上げます。

2010年5月8日土曜日

気の世界の話

散歩の道すがら立ち寄ってくださるお人と気の話になった。お客さまの途絶えた会場でひとしきり議論。気とか目にみえない世界など信じられない、科学で証明出来ないではないかと仰せられる。私はそれに反論するのだけど、むろん解かってもらえない。もどかしいのだが、ないと信じている人にあると説明するのは至難の業だ。気の研究その道の科学者でさえ巷のわからずやを納得させられないのだから何をかいわんやだ。一年後にまた議論しましょうと帰って行かれてすっきりしない気分が残る。

作品は概ね佳い気を放ってくれている。約50点あまりの作品たちはそれぞれ自己主張しながら穏やかにお人を引き付けているように見える。生花も含めてチームプレイで会場が成り立つ。さあ!次回はこれをどのように展開すべきか想いを馳せながら一日を終る。明日は最終日、どうか沢山のお人に見ていただきたく念じるばかり。漢字のかみさまどうぞ佳きお取り計らいをお願いいたします!!!!

2010年5月7日金曜日

個展4日目

今日はまずまずのお客様。平日のほうが多い?
口蹄疫の為町を出る時、入る時車を消毒される。知り合いも家から出ない。菌を貰ったり出したりが怖いから。なにせ目に見えないものだし、どこでつくか全くわからないので動かないに限るという。何が運びやになるやわからない。どうしてこんなことになるのだろう。牛や豚の行方を想うと哀しい。勿論人の生活も大切、おおきな試練を与えられている。
いろいろな事を考えて一日を過ごす。
作品がはけなくてもこのくらいの事で何が言えようかの心境になる。
唯このような活動が出来るだけでも感謝なのだ!

2010年5月5日水曜日

個展二日目


今日の宮崎日々新聞に会場の様子がカラーで報道されていた。新聞を見て来たと何人かの人の来場がある。概して休みは人出はにぶい。ゆっくり同級生と語らう。ゆったりした時間が過ごせるのもまた有難い。絵の先生いわく、自分だけで自分の作品に向き合うのも幸せなんだよと。ステージで自分の踊りを客席から自分で観賞するのに等しいということ。考えようでいつでも幸せになれる。

2010年5月4日火曜日

個展初日




個展初日。連休中日で街の中は人影は疎ら。だから皆は祝日は展覧会などは避けるのだ。わが身の不甲斐なさを思い知る。昨秋の東京も祝日、ひょっとして今秋の東京も祝日?の可能性あり。皆が手を出さないので空いているから。ないよりましで決定する。贅沢な休暇、自分の作品観賞会と考えればこれもまた乙というわけだ。会場を眺めて今回はバリバリの書の作品がない!用意をして持ち込んだのだが展示されていない。金文、古代文字と詩、俳句の類だけ。漢詩がない。行書、草書の見慣れた習字の卒業文字がない。うかつだったなあ。くどうなおこの詩と金文のパターンで統一。感想は如何でしょうか。明日が楽しみ・・・・

2010年5月3日月曜日

作品の搬入

5/4(火)~5/9(日)宮日会館2Fギャラリーで石井琴月の楽しい書小品展へ向けての作品搬入。
9日は午後2時より尺八とのコラボレーションもひかえている。 

午前7:30家を出る。ゴールデンウイークの人出はこの時間でも車は多い。混みを見越して早めに出たのは正解。9:00から作業開始。助っ人2人。業者は午前中だけで午後少し3人で雑用を済ませる。看板の不備、花生けを明日仕上げることにして一応3時ごろ完了。明日も早めに家を出て残りの作業をしよう。今回はタペストリーが入った為作品の数が少ない。会場効果を考えると今回制作した物を全部ではなくて前回のを少し混ぜることになった。額の色、漢字、仮名、大きさなどを考慮するとそのようになる。したがって、会場に持ち込む作品は割と多いけれどそれが全部日の目を見ることにはならない。それでも自分のお気に入りの作はついとらわれてしまうのだが。恙無く明日は幕を開けられる。色んな人の助けを借りて船出出来ることは有難い事。感謝!この上はお客様に少しでも多く見て戴くこと。佳き風が吹きますように。

2010年5月1日土曜日

忘れていた森の花たち




一月前の森の花たち
今はこれが全部葉に変身





2010年4月30日金曜日

紫陽花


一昨年接木をした紫陽花が早くも咲き出した。小さな植木鉢の中で枝にほとんど全部花芽をつけてけなげにも子孫を維持しようとするのか。雑種だから強いのだろうが接木をしたのが間違いなくつがっている。山紫陽花かな?この手ははやいが他はまだようやく小さな花芽を見るだけ。梅雨時期が最盛期。雨の中の紫陽花はとても風情がある。ベランダにこの早手の紫陽花を持ち込んで日々眺めている。

ありがとう!

2010年4月29日木曜日

作品発送

5/4日からの個展の作品を業者の都合で今日発送する。それなり発車で一応納得。あとは雑用を済ませて開幕となる。昨日些細なことで腰のずれを起こしてしまった。呼吸法をしているから大丈夫な筈なのに・・・・・どうしたことか、まったく気の緩みなのだと思う。もうすこし!というところでアクシデントは起こる。無意識の中で休憩を要求しているのだろうか。よく判らないのだがこれから数日は何となくホット過ごしてもよい気になっている。自分の中には何人もの人がうごめいてけん制しながら生きているみたいな感じがする。ひょっとしてこれを多重人格という?色々考えながら人の不思議さを想う。究極のところ自分の直感に忠実にさえ生きればいいのかも。60年生きて来てこれからは出来るだけ人の役に立てる仕事ができればいいなあとおもう。我欲に走らないで足るを知るようになりたい。スリムに生きる。そのためには具体的にどうすればよいのかと、と考えながら生きていこう。

2010年4月27日火曜日

逆の発想


DMは作品展に出す中の自分で好きな物をDM用として印刷に廻す。今回は四霊(龍・虎・鳳・鼉)を採用。印刷は本物より鮮やかな仕上がりでどうも納得し難い思い。知人のアドバイスでそのような作品を書いてみることにする。顔彩が油に代わって急遽作品が出来てしまった。油絵の知人にお世話になる。油のいろはも分からない自分なのにDMそっくり。もともとの作品が導いてくれたものだがこれもまたなかなか乙なもの。この鮮やかな作品の影には幾人もの想いが宿っている。会場で一際明るく人を迎えてくれるだろう。霊の力は強い!

2010年4月25日日曜日

綾の食卓へ

綾の食卓・・・風水ガーデンレストラン&ペンションに作品を何点か置かせてもらっている。綾北川の畔で後ろ側は田んぼと林の中でとても癒しの空間に建っている。贅沢な環境で毎日そこで暮らせる人々はさぞや満足ではないか。意外とそのことは意識されてないかも・・・・・持てる宝は本人たちは気づかないことがおおいものだ。
作品を差し替えて、新しいのを並べる。約半年、恵まれた環境の中作品たちはきっと満足なことだろう。お客さんがもう少し多ければいうことないのだが。
預けていた漆の作品も戻ったことだ、個展の搬入の準備をしなければならない。DMをようやく書き終える。後、釈文を書いてボチボチ開幕に向けて歩む。滞りなく進みますように!

2010年4月22日木曜日

一念発起

今回の個展は金縮の折から額の使いまわしをするつもりで出来上がる端から入れ替えていた。ところがある人から心意気のことを特と語られて一念発起と相成った。オリジナルの額はもう間に合わないがその他の額を丹念に点検して新しい物にとりかえるべく画材店で発注してくる。流石に全部とはいかない。高価な額のほうが作品をひきたててくれるのでつい、ままよ!と注文となる。
トホホホ・・・・・・今からお金をさがさなければ。そうだ!お金は天下の回り物だと言うではないか。きっと、なんとかなる。
額が新しくなると作品が喜ぶ気がして何だかとても嬉しい気になる。やはり、思い切ってよかった。進言してくれたお方に感謝!

2010年4月12日月曜日

カタログ 原稿

「アートバーゼル」とは現代美術の見本市で世界中からギャラリーが三百店集まってスイスで6月16日ー6月20日開催される。そこで配布されるカタログなのだ。日本からも何店か出店するという。
そのようなところでアピールするには・・・・・とにかく自分で作ってみることにした。原稿を送って印刷データを作製してもらう。作品写真は「四霊」 と「遊ぶ子供たち」を使う。あとは簡単なプロフィール、作品価格など。今日は半日かかって仕上げる。一晩寝かせて明日気が変わらなければGOとしよう。

2010年4月8日木曜日

海外 カタログ出品に掲載

カタログ2010・BASEL・JAPANに掲載のメールが入る。このカタログはスイスのアートバーゼル会場で 2010 6/16 日~6 /20日に 配布される。掲載料は必要だが象形文字・金文が外へ飛び出すチャンスを与えられてとてもワクワクしている。多くの人の目に留まることを願っている。この幸を神さまからのプレゼントとおもう。

2010年4月6日火曜日

書と尺八のコラボレーション

昨年の東京では篠笛と書のコラボレーション。こんどは尺八と組んで計画する。5/9(日)午後2時より宮日会館パピルスギャラリーで。三枚位書いて皆さんに楽しんで貰いたい。連休の最終日だからお客さんの入りが少し心配だけどメリハリを付けて今回はこれでGOしよう。尺八の方とは以前高鍋美術館で一緒にコラボの経験があるので心強いかぎり。和の演出が出来る。協力して頂けることに感謝。

2010年4月5日月曜日

DM  

DMとお礼用ハガキが印刷所から届く。お礼用は少々不満な仕上がりだが廉価を見越してこれは良しとすべき。これから案内を印刷して宛名書きをしよう。だんだん目途がついてくる。気分的に快い緊張。恙無くこなせるのは有難い事。ひとつひとつ丁寧に心を込めてしなければ結果に繋がる。さあ、もう一息!

2010年4月4日日曜日

海外 カタログ出品に応募

4/3夕方NHKラジオ日本チャチャチャでドイツ在住の寺田さんという方が海外で作品を発表したい人の応援をされていることが流れていた。ネットで検索して海外出品相談所を見つける。来年の出品は既に申し込み終了。カタログ出品はまだ間に合う。審査を受けねばならないがそれを申し込む。写真データは幸いにも今回の個展のタペストリーと四霊を使う。タイトルは神さまのおくりもの・・・漢字たち。漢字でも象形文字、絵画に近いものだから読める如何にかかわらずきっと多くの人の共感を呼ぶ物と思う。が、さしあったて第一の関門を抜けられるかどうか。佳きお導きを!

2010年4月1日木曜日

作品 に目途

明日作品20点余りを裏打ちにまわす段取りになる。数日で出来上がると額に入れられる。展示は50点位、その内10点は昨年の持ち越し、10点は東京用にこしらえた作品、あと10点は今から少し書くことにして大まかな線はこれで行けそうだ。大きな山を越せば気分的に楽になれる。漢字の作品が少ないと書の作品展の要みたいなものに欠けそう。金文はあるけれどバリバリの行書、草書とかに観るひとは安心か安堵感を持つみたいだ。金文や現代書の引き立て役処としてそれらの作品にお出まし願わなければならない。会場の作品効果を考えていま少し書くことにしよう。この一週間は教室が休みで作品つくりに集中できた。リズムが出来ると仕事ははかどる。花見で気分は高揚、いけいけで追い込む。有難い流れです。

2010年3月31日水曜日

花見 和気藹々

3月28日唐木戸陶苑で美術の仲間たちで花見。雑木林を借景の庭は今の時代はとても贅沢。さりげない演出で楽しいひと時を過ごさせてもらった。火を炊いて眺めていると懐かしい子供の頃が甦ってきてせわしい日頃をしばし忘れる。世の喧騒など遠いところの事に想えてとてもハッピーだった。あまり離れていない年代との交流、絵を描く人々は書の人とは亦違った広さがあるような気がする。ジャンルが違って気分も変わる。展覧会の会場の交流とは異なった奥深い何かがあって琴線を刺激される。しぎの様の演舞も見せて貰い福地王の解説を聞いて百済がより近くに感じられる。歴史を止める高鍋の地名など大切に残すべきを思う。
唐木戸のご夫婦、準備に心砕いてくれた仲間に感謝!

2010年3月28日日曜日

DM 注文

DMとお礼用のハガキを発注する。今回も助けを借りての仕事。どうしても自分では出来なくて・・・・印刷所へのデーターの記入がわからない。早く自分でも出来るようになりたい。
廉価だから注文のとうりにはいかないかもしれないがひとまず安心。ワンステップクリアー。ヘルプしてくれる人に感謝!!

2010年3月25日木曜日

タペストリー 完成

昨日念願のタペストリーがようやく完成。とても素敵に出来上がって満足。会場をシュミレーションしながら次々作品をこしらえる。宮日会館の個展(5/4~5/9)まで残すところ一月に迫る。これからが山場。気を張って頑張らなくては!追い込まれないと火が付かない。追い込まれて書ける作品は日頃の温存している力しか出せないのでいかに今までの訓練?が大切かと言う事だ。つまり今から一月は掛値なしの自分をさらけ出さねばならない。

神様・・・・・佳いご教示をお与え下さい。

2010年3月21日日曜日

DM・パンフレット

個展用のDMとパンフレットの原稿が出来る。百枚位なら自分で印刷も可能。唯、次の東京を考えれば印刷に廻した方が得策。少し保留しておこう。パンフは報道関係用だからもうこれで今回は完了。あとは告知に使って看板を作成すればよい。

書き溜めた作品を裏打ちに廻して額に入れなければならない。額は新しく購う余裕はないので入れ替えて使用する。着せ替えと思って楽しめばよい。そのうちこれは!という物ができるかもしれない・・・・
ぼちぼち歩きながら頂上を目指そう。確かに歩いているのだから。

2010年3月16日火曜日

晴れない 気分

3ヶ月ぶりに呼吸法の教室に行く。体の故障はないのだが何となく気分が晴れない。やることがおっくうになる。これはうつの前兆なのだろうか?季節もこの時期は不安定だし思えば例年この季節は落ち着かないような気がする。今年はとりわけそう感じるのは何故だろう。仕事や体、心の過渡期なのかもしれない。一点を見つめて邁進していくつもりが色々なことにとらわれて気が散漫になっているのだろう。上手くクリアー出来ないことにとらわれ過ぎるとそこから心が離れなくなる。一つ詰まると次々詰まっていく。悪循環を引き起こす。何故こうなる?季節の所為にしたり、人の所為にしたり・・・・つまり、自分をみつめることをしなくなる。
気を取り成して取り掛からねば時間がなくなる。さあ!元気を出して頑張ろう。

井の頭公園を歩いて神社におまいりして来た。感謝というキーワードが何回も出てきたのはそれが不足しているということかも知れない。自戒しよう。

2010年3月4日木曜日

義母を訪問

アルツハイマーの義母は施設で暮らしている。月に何度か仕事帰りに行くことにしている。先日、昼食前だったけれど会いにいった。「会いたかったよー」と声を掛けると目をうるうるさせて喜んでくれる。ひな祭りの日だったのでテーブルの上に置かれた紙片の(ひな祭りの歌)を小さな声で歌っていると途中から義母も所々口ずさみ始める。色んな事は忘れて自分の名前も子供の顔さえわからなくても心のどこかで記憶している部分があるのだろう。今日の新聞(読売、目覚めぬ子を育てて)に仮死状態で生まれて意識も自発呼吸もできないままの子供を育てている記事を読んで子供には普通の人とは違った形の意識があって色んな事を感じ取っているのではないかとある。まさしく、義母の場合もこれに似た事だろう。言葉で表現出来なくてもこころで現わす。勿論、言霊という事もあるのだが言葉を超える何かも存在する。気が付く、気に入る、気に障る・・・・・気の世界は量り知れないもの、宇宙の神秘。
義母からプレゼントを貰った気がする。

2010年3月1日月曜日

スイトピー


春、満開。部屋に快い香りを漂わせて春がやって来たようだ。

今日は仕事がはかどって気分も良好。佳い気で満ち満ちている。

2010年2月27日土曜日

二月 逃げ月

や、や、や二月が終ろうとしている。五月の個展が目の前に迫ってくる。さあ!大変だ。
先日、タペストリーを作るべく製作所に試案を持ち込んでそれにイメージを追加して最終的な作品構想を練っているところだ。近日中にまとめて作業に取り掛かってもらわねばならない。テーマは古代文字=神さまのおくりもの漢字たち。漢字を種々の表現で浮かびあがらせていきたい。考える過程は楽しくもあり・・・時間を掛けて練り上げるまどろしさもあるが、さあ、これで完了とはなかなかいかない。いつの場合も途中発表だがそれでも飽くなき探求である。汲めども尽きない古代ロマンの世界なのだから。

なるべく同じパターンにならないようにアンテナを張って表現の幅を広げたい。
 
佳きひらめきをお与え下さい!

2010年2月20日土曜日

心には三つの層に分けられるという。表層は自我、その下は霊魂、一番下が根源的な自己。表層の自我は流れる心に偏りをもたらし、真の認識を妨げてしまう。そこで人はそのはたらきを静めて根源的自己としての心のレベルにたどり着かなければならない。
つまり、根源的自己のレベルというのは流れる身体と心が表層の自我に歪められずに身体のあらゆる部分に満ちわたる状態のこと。 この状態で人は世界と一つにつながって、気の流れの場を共有する。身体に気が満ち、まわりの自然にも気が満ちているわけなので自分と世界は一つの流れの場になってしまう。ここでは他者と自分は流れの中にあるのだから流れは回っていく。
表層的自我でも心は外に出るけれど自分と世界は流れていないので流れは止まってしまう。心を失う。心の中の気も失う。(石田秀実・・・気と身体より)
と言う事は感情も含めて気が滞ると何事も空回りをしていくと言う事なのだろう。気を充実させるとなんでも思いのままとなる。
自分と世界が同じ気の流れになるのは自己のコントロールが出来るようになること。とうてい今の自分には遙か彼方の事。実際、プリプリ腹が立って仕方がないことばかり起こる。立腹すると自分と他者は気は流れない。やり過ごせれば気は流れるのだろうか?やり過ごす、立腹しないというのは至難の業。修行が必要だ。幸せは不幸な顔してやってくる。というがこの試練は成長のステップになるのだろうか。
気をやって、自分の至らなさが解かってモヤモヤするこの頃である。腹も立てずにニコニコしていられるようになりたいなあ。

2010年2月14日日曜日

久しぶりの土いじり

寒空だが弁当持参でミニガーデンへ。春の芽吹きは勢いがよい。大きくなる前に少しでも草を抜いておきたい。花の残骸を片付けたり仕事は山ほどあるけれど、今日は草抜きに専念。寒さで手がかなわない。こぼれ種の菜っ葉が大きくなってもうすぐ花芽がつく。その下草、タマネギの脇草、なにも植えてないところの草・・・抜いても抜いてもまだまだ!うんざりしながらそれでもひたすら抜く。途中少し呼吸法をして体をいとう。メンテナンスをしておけばあちこち痛むことはない。夕方五時過ぎには雨が降り出して帰宅。
その後川南温泉に直行して暖まる。呼吸法と温泉で労働の後のだるさは全然ない。大したものだ。呼吸法も温泉もエネルギー補給出来るのだろう。呼吸法は宇宙のエネルギー、温泉は大地のエネルギー共に身体に及ぼす効果はこんなに確かなのだ。呼吸法を始める前にはこうは行かなかった。夜はぐったり疲れていたものだった。それが今ではこんなにピンシャンしていられる。有難いメソッド、感謝!

2010年2月12日金曜日

タッピングの応用

ネガテブな問題に効くとされるタッピングだが今日はシャックリを止めることもできた。教室で生徒がヒック、ヒックやっていていくら驚かしてもだめでタッピングを思い出して、生徒と一緒に「しゃっくりが出ても私は大丈夫」と掛け声をかけながら覚えているタッピング箇所を順序よくやってみる。すると途端に止まってしまった。おやおやおや・・・・・生徒は「何のおまじない?」と言うけれど効果ありに我ながらオッホン!こんな単純な事にも応用できるのだ。
「TFT思考場療法入門」 は苦痛がすばやくなくならない時に考えられる心理的逆転の事など書かれていて修正(エネルギーの場)のやりかたが判る。ほんの4,5分のことなのであの手この手をやってみる価値は充分にある。依存症から不安、果ては身体の痛みまで何でも効く。

今晩の会話で連れ合いは私の歯ぐきの痛みを治してから信用するとのたまうがこれも試してみる価値はある。面白い世界はワクワクする。

2010年2月8日月曜日

タッピング

「タッピング」とは軽くトントンとたたくこと・・・・・ネガテブな感情を体のツボを活かして和らげるセルフヘルプの方法のこと。 体の特定のツボをタッピングするだけで心理的な症状は治癒する。1981年 ロジャー・キャラハン博士(エネルギー心理学)がタッピングの先駆者となって主張する。エネルギーが経絡内に閉じ込められると症状が発生すると考えた。

誰でも簡単に出来る優れもの。たった2、3分で出来る。勿論科学の世界では認めていない。でも臨床の場ではその成果ははっきり顕れているというからやってみる価値はある。顔を5箇所、手を6箇所、上半身を3箇所 指2、3、4本使いながら軽くトントンたたいていく。その時心を悩ませている内容を一言言ってその後につけて「私はだいじょうぶ」といい足していく。そうするとストレスはすばやく癒される。トイレにそのスポットと順序を貼って試してみる。おお!なくなる気がする。手帳に書いて困った時すばやくやるときっと上手くクリヤー出来るだろう。 今の自分のレベルではおまじないかもしれないけれどこれはれっきとしたエネルギー心理学のテクニック。世の中には知らないことが一杯・・・・・だから本は面白い!!

2010年2月2日火曜日

呼吸法&気功

「気の人間学」を読み返しつつ呼吸法と気功を続ける。本の内容と実際を確認する。自分の現在のレベルでの確認、この作業をしないとつい不安になったり横道に逸れる心配がある。「気」の道はややもすると独断と偏見、落とし穴に入ってしまう。そうならないために経験者の再現性を確認する必要がある。繰り返し読み返して安心しながら続けると「気」の仲間からエールを送られているようだ。世間で「気」の話はあまりおおっぴらには出来ない空気だが解かって貰いたくてうずうずする。世間話を語るように「気」の話が出来る時代が早く来て欲しい。宇宙のエネルギーは無尽蔵にあってそれを使う方法さえ手に入れれば健康になってかつ楽しい気持ちで暮らすことが出来る。「気」の世界への扉を開きさえすればよい。そうすれば新しい世界が開けるのだが! 頭で理解する事ではなく身体で理解すること。
私の宝を皆に分かちあげたい・・・・・

2010年1月31日日曜日

CDのダビング

東京個展の時友人が会場で流してくれた水晶琴のCDのダビングを先日から何枚も失敗する。今日一日かかってようやく完成。全く、買った方がはやい!情けない。途中CDを買いに行ってまた挑戦。ついこの前はすぐやれたのに・・・・・ やらないときれいに忘れる。

クリスタルの音楽 水晶琴 ワン・シェンヂィ(王森地) やすらぎの音が10曲入っている。仕事の間中流してとても癒されている。先日、音の癒し効果の本をよんだばかりなので ウム ウム 納得。

今日は自分の不甲斐なさを充分味わって一日が終る。そう、こういう日もあるのだ!

2010年1月28日木曜日

花見のはなし

高鍋美術協会展終了。700名位の入場者。大したものだ感心する。21名の会員が集まるとこれだけ集客できるのだ。一人の力は小さいけれどまとまればこんなに大きくなる。定着して来ているのだろう。
最後に集合写真を撮って、春の花見の予定を話す。唐木戸陶苑の甲斐さんのお庭のサクラにあわせて会員持ち寄りでとのこと。さあ、何を持っていこうかとしきりに談義して解散となった。同じくらいのレベルの人と同じくらいの興味に花を咲かせることは気を楽にさせてくれる。楽しみが待っている。春よ早く来い!

2010年1月25日月曜日

屋久杉 カルタ 仕上がる

土曜日から再度下書きをして今日本番。昨日は競書の審査のため仕事は出来ず、今日を外したら来週に持ち越すと思って気を引き締めて取り掛かる。午前中は臨書で体勢を整えてそのまま48枚を一気に書いていく。昼過ぎ終ってようやく安堵する。昼食後は裏書をして完成。後は釈文を書かなければならないがこれはボチボチやろう。3時から呼吸法をしてリラックス、とてもハッピーな気持になる。有難いことだ。連れ合いから家事をするように言われ続けるので早めに仕事場を切り上げて帰宅。ばっちり夕食の準備もして満点?の主婦です。本当に今日は上出来!

2010年1月18日月曜日

屋久杉 カルタ

弁当持参で仕事場へ。午前中は臨書、午後少しまた臨書のち気功をしてスタンバイ。作品書きに入ったのは午後五時。やれやれ、二日ではよい調子は出ない。が一応書く。

土曜日にカルタの準備の為あいうえお順に文字の下書き(あいうえおの字源を金文で調べて)を作って今日、屋久杉に書いてみる。試作のつもりで10枚くらい。仕上げは後日になるが大体の方向は見当がついたので、ちょっと安心。紙と木では書く時の感触が違って線が立体的でない。筆を変えるか濃墨にしてみるか考える余地あり。

他、いろは歌を書く。これは千の風を書いていた額に合わせて作品の大きさを決めて取り掛かる。額にはめて眺めてみる。・・・・・・うむ。

そろそろ五月の個展向け始動しなければとのおもいで始めたがなかなかパワーが出ないなあ。
気合を入れて取り組まないと気分すっきりしない。

明日は高鍋美術協会展の搬入。このための作品を特に書かなかったので気分的にスタンバイできていないのだろう。元気を出して頑張ろう!

2010年1月2日土曜日

還暦・・・・出発の年

元日は義母を施設から外出で帰宅してもらって義妹家族を交えて昼食をとる。その後お風呂を使って親孝行が出来た。認知の人に食べたいだけ食べさせるのは酷だと思うけれど、子としてはそのセーブが掛けられないらしく傍でハラハラして眺めていたのだった。次回からは皆が集まる席で宴会の如き食べる式の食事は考える必要がありそうだ。自分で判断できなければ周りがセーブするのが当然だが我が連れ合いはこれが気に召さない。食べすぎの弊害は大きいのだが・・・・・孝行する自己満足では悲しい。

さて、今年はなんと!もう還暦なのだ。あっと言う間に来てしまった。後十年で七十歳、二十年で八十歳なんてとても考えられない。こんな未熟者で年寄りになってしまうなんて。小さい頃は年寄りの人を見て遙か遠くの出来事のごとく思われていたのに。このままだと、成熟しないで枯れてしまいそうな感じだ。まだまだ、しなければならないことが一杯あるはずだが一体何をどうすればいいのだろう。後20年しかないのならば40年前から買った紙が山のごとく押入れに眠っている。使いきれるわけがない。シンプルに生きて、と思っているけれどここかしこに無駄が山積している。これからは引き算で生きていかねば。
一重ねの着物、一畳の寝床、一日に二食の食事、いくばくかの本、最低これだけあれば生きていける。これにプラスアルファーするだけで。心もスリムがよい。欲をださないこと。修行してもなかなか届かないけれどそのような世界もあることを覚えておこう。改めて自分に言い聞かせて!